A)キリスト者としての強い自覚
(1)信じる者に与えられた特権
(ヨハネ1:12)
しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。
(2)キリストをその身に着ている
(ガラテヤ3:27)
バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです。
(3)造り主のかたちに近づいていく
(コロサイ3:10)
新しい人を着たのです。新しい人は、造り主のかたちに似せられてますます新しくされ、真の知識に至るのです。
B)きよい良心に生きる
(1)御霊によって神の愛の聖を受けた
(ヘブル9:14)
まして、キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たちの良心をきよめて死んだ行いから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。
(2)きょい良心をもって神の前に生きる
(使徒2 3:1)
パウロは議会を見つめて、こう言った。「兄弟たちよ。私は今日まで、全くきよい良心をもって、神の前に生活して来ました。」 【まとめ】
霊的歩みとは、神との関係において心をきよくあるように求めること。
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