マルコ1:40〜42
さて、ツァラアトに冒された人がイエスのみもとにお願いに来て、ひざまずいて言った。「お心一つで、私をきよくしていただけます。」
イエスは深くあわれみ、手を伸ばして、彼にさわって言われた。「わたしの心だ。きよくなれ。」
すると、すぐに、そのツァラアトが消えて、その人はきよくなった。
心から聖くありたいと願っているなら、キリストはあわれみをもって聖めてくださる。
デボーションのポイント
1.ひざまずいて→礼拝の心
2.お心一つで→みこころ知る
3.きよくして→神への帰属
4.いただけます→神への信仰
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みこころにかなう確信
「生ける神の子キリスト」と純粋にイエスのことを認める
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5.深くあわれまれたのは?
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神を畏れる敬虔な心を持っていながら、ツァラアトに侵されている様子
神を畏れる敬虔な心を持っていながら、罪に支配されている状態
(ローマ7:19〜20)
私は、自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行っています。もし私が自分でしたくないことをしているのであれば、それを行っているのは、もはや私ではなくて、私のうちに住む罪です。
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6.彼に触れ→あわれみの行動
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あわれみは、あらゆる隔たりを取り除く
(コロサイ3:14)
そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。
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7.わたしの心だ→あわれみ
考えてみましょう!
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★なぜ、罪や汚れを取り除くことができるのか?
★神のあわれみを受けることは、きよめられることを求めていること!
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【川柳】