マタイ3:8
それなら、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。
10月9日(月)〜10月14日(土)
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魂の救いという実がなる前に、悔い改めにふさわしい実を結ぶことが必要です。
その実を結ぶ者がまことのクリスチャンと言えるでしょう。イエス様のたとえ話から悔い改めにふさわしい実について考えてみましょう。
ルカ18:9〜14
自分を義人だと自任し、他の人々を見下している者たちに対しては、イエスはこのようなたとえを話された。「ふたりの人が、祈るために宮に上った。ひとりはパリサイ人で、もうひとりは取税人であった。パリサイ人は、立って、心の中でこんな祈りをした。『神よ。私はほかの人々のようにゆする者、不正な者、姦淫する者ではなく、ことにこの取税人のようではないことを、感謝します。私は週に二度断食し、自分の受けるものはみな、その十分の一をささげております。』ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。『神さま。こんな罪人の私をあわれんでください。』あなたがたに言うが、この人が、義と認められて家に帰りました。パリサイ人ではありません。なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」
1.へりくだった心から実がなる
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詩篇51:17
神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。 |
2.価値観に現れる実
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第2歴代誌12:6
すると、イスラエルのつかさたちと王とはへりくだり、「主は正しい。」と言った。 |
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「主は正しい」と告白する価値観とは、どのようなものでしょう。 |
3.行動に現れる実
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ミカ6:8
主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。 |