■2026年9月13日 日曜礼拝メッセージより(主任牧師 辻 秀彦 師)

神の賜物を再び燃え立たせる

 

主題聖句(第2テモテ1:6~8)
あなたのうちに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせてください。
神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。
ですから、あなたは、私たちの主をあかしすることや、私が主の囚人であることを恥じてはいけません。むしろ、神の力によって、福音のために私と苦しみをともにしてください。

★賜物を再び燃え立たせる理由
 なぜ再び燃え立たせる必要があるのでしょうか。それは、かつては燃えていたものも時間が経つにつれて、段々と炎が小さくなっていき、消えかかっている人もいるからです。

(Ⅰペテロ4:10)
「それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい。」
 私たちは受ける資格もない罪人であるにも関わらず、神様から様々な良いものを恵みとして与えられています。
 「こんな賜物を頂いても、どうしようもないわ」と勝手に自分で評価したり、他人と比較して、大小、優劣を語ったりしないように、気を付けてください。
 (Ⅰペテロ4:10)では、様々な賜物の「良い管理者」として、「互いに仕え合いなさい」と勧められています。
 どんな賜物も、神様の下さった感謝すべき良いものです。
それを「兄弟姉妹のために用いていこう」と思うのが、賜物を用いる心の姿勢です。

★仕え合う3つの理由

①【教会は最も大切な存在】
(エペソ5:25)
「夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。」
 イエス様は教会を愛して、教会のために十字架に付き、苦しみを受け、いのちを捧げてくださいました。
 イエス様がそのように教会を愛されたように、夫もいのちがけで妻を守り愛しなさいと、神様は仰っておられます。それが妻に対する夫の健全な愛の姿勢です。
 そして、そのように夫(イエス様)に愛された妻(教会)は、夫(イエス様)の愛に服従します。
 そのように互いに愛し合い仕え合う教会を、神様は最も大切な存在と思って下さっているのです。

②【教会は万物の支え】
(Ⅰテモテ3:15)
「それは、たとい私が遅くなった場合でも、神の家でどのように行動すべきかを、あなたが知っておくためです。神の家とは生ける神の教会のことであり、その教会は、真理の柱また土台です。」
 神が全宇宙万物と様々な法則を造られたのは、教会の為です。神様は教会が存在するから万物を創造されました。すなわち、教会が万物の支え、柱、土台となっているということです。

③【神のご計画】
(エレミヤ29:11)
「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ――それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」
 神様はゴールに至るまでの完璧なご計画を持っておられます。それは、万物を支える基となる教会に平安を与えて、万物が崩れないようにするご計画です。
 神様にとって、主を畏れ敬う人々の集合体である教会は、それほどに影響力のある存在なのです。私たちはその一員です。
 それをよく悟っておかないと、教会の中でも、兄弟姉妹を批判したり、比べたり、妬んだりして、神の大事にしておられるものを傷つけるようなことがあれば、神様を悲しませ、神様の栄光に傷をつけることになります。そんなことのために私たちは存在しているのではありません。

★仕え合うために必要なもの
【へりくだった心】
(ピリピ2:3))
「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりも優れたものと思いなさい。」
 私たちは能力や性格や持ち物など、皆それぞれ違っていますし、格差もありますが、主を畏れ敬う心だけは共通で、格差もありません。
 神様の完全な愛が、イエス様を通し聖霊様を通して私たちに与えられ、この愛から神を敬う敬虔な心が生まれてくるのです。
 私たちは、互いに仕え合い、生かし合うための存在として愛を用いていく、ということを神様は聖書全体を通して教えておられます。
 仕え合うためには、共に「へりくだった心」が必要です。「互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい」というのは、能力を比べたものではなく、相手の存在そのものを自分より優れた者と思いなさいということです。それがへりくだるということです。
 例えば、賛美の中で聖霊様が一人一人に働いてくださり、ある人たちは預言を語ります。預言を語ったその人がどこの誰であっても、その預言を聞いた人たちは、自分の内に居られる聖霊様のお働きによって心打たれ、恵まれます。
 「今預言したのは誰か」などと気を散らさず、一人一人が神様にとって命を捨てるほどに尊い教会の一員でありますから、すべての兄弟姉妹を自分よりも優れたものと思う、へりくだった心で、御霊の働きを受け止め、御霊によって感じていくことが大切です。

【正しい良心】
 聖霊様は、正しい良心の内に臨在されます。良心は何によってきよめられますか。イエス様の血潮です。

(へブル9:14)
「まして、キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たちの良心をきよめて死んだ行いから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。」
 聖餐式を受ける時に私たちは、イエス様の流してくださった愛の行為を信じ受け入れます。
 私たちの救いのために、神が人となって私たちの罪の身代わりに苦しみ死んでくださった、それほどに私たちの存在を大事に思ってくださっている神様の愛を覚えて感謝します。
それが正しい良心に立ち返るための聖餐式です。

★デボーション
(マタイ20:28)
「人の子が来たのは、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また多くの人の、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。」
 イエス様に仕えた婦人たちは、イエス様の元に、生活の必要なものを全部持ち寄って、イエス様を敬う尊い気持ちを表現しました。
 そしてイエス様ご自身は、人々に仕えるための大事な目的がありました。多くの人の罪の贖いの代価として、ご自分の
いのちを与えることです。
 あなたが教会の兄弟姉妹に仕えるとは、どういうことでしょうか?夫に、妻に、仕えるとは、どういうことでしょうか?
 神に喜ばれる器、神の栄光を輝かす器となるように、健康や安心のための助けやお世話をしていく、時間を費やしていく等、「仕える」「いのちを与える」というあなたの具体的な行動を、お互いに考えてみてください。