■2026年9月6日 日曜礼拝メッセージより(辻 和希牧師)
与えられたものを、燃え立たせる
この御言葉を読んでいて、私が今回大切だと思ったことがあります。それは、「もっと何かをもらおう」ではなく、「すでに与えられているものを、どう用いるか」
ということです。
・神はすでに、あなたの中に与えておられる
6節でパウロは、「テモテ、あなたにはまだ足りないものがある。だから新しい賜物を求めなさい」とは言っていません。「あなたのうちにある」と言っています。これはとても大切なことだと思います。
実は私は、高校生くらいまで、自分に自信がなくとても消極的な人間でした。ところが17歳でイエス様を信じ、信仰生活が始まり、その後、聖霊のバプテスマを経験して、そこから少しずつ、自分自身が変えられていきました。
しかし私は、クリスチャンになった瞬間に、神様から全く別の人格をもらった、とはあまり考えていません。もちろん、キリストにあって私たちは新しくされます。
でも同時に私は、もともと神様が私を造られたときに、私の中に置いてくださっていたものがあったんじゃないか、と思っています。詩篇139篇13節にはこうあります。
「あなたこそ、私の内臓を造り、母の胎の内で私を組み立てられた方です。」
私たちは偶然この性格になって、偶然この能力を持って、偶然ここにいるわけではありません。神様は、私たち一人ひとりを造られました。
私は、イエス・キリストを信じた瞬間に聖霊が内住してくださり、その後、聖霊のバプテスマを経験したことが一つのトリガーとなって、それまで表に出ていなかったものが開かれていった。そんなふうに自分の人生を理解しています。
御霊の働きというのは、今まで存在しなかった全く別の人間になることだけではなく、神様が本来その人をどのように造られたのかが現れてくることでもあると私は思います。
・与えられたものを、再び燃え立たせる
しかし、パウロは、「あなたのうちに神の賜物があるから大丈夫ですよ」とも言っていません。「それを再び燃え立たせるように」と言っています。
つまり、与えられているものも、ただ持っているだけでは十分ではなく、それをもう一度働かせていく必要があるということです。時代や状況の中で、神様から与えられたものをどう用いていくのかを考える必要があります。
今週、私は東京に行っていました。「全国福音放送伝道会議」という集まりに参加してきました。
今回参加して、私は改めて放送伝道という働きの大切さを知りました。一方で昔と今では、人々の生活が変わり、メディアも変わりました。
特に若い世代が情報に触れる方法は大きく変わっています。だから私は今回、今の時代に、それをどう燃え立たせるのかを考えなければならないと思いました。
では、どうやって燃え立たせるのか。放送伝道について三日間考えることを通して教えられたのは、結局一番大切なのは、「誰に届けたいのか。」ということです。
福音という火を、誰に届けたいのか、そしてその人に届く方法は何なのかを考える。これが、「再び燃え立たせる」ということの一つではないかと思います。
・火は、届けるために与えられた
そして、今日の中心聖句は6節と7節ですが、実はこの話は7節で終わっていません。
6節。「神の賜物を、再び燃え立たせなさい。」
7節。「神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださった。」
そして8節。「ですから、私たちの主を証しすることを恥じてはいけません。」
つまり、燃え立たされた火には、向かう先があるということです。私たちは何のために燃えるのでしょうか。もっと熱心なクリスチャンになるためでしょうか。もっと長く祈れるようになるためでしょうか。もっと霊的な体験をするためでしょうか。それらを否定するつもりはありません。
しかしパウロは「私たちの主を証しすることを恥じてはいけません。」と続けました。つまり、再燃の先には、宣教があるのです。
神様から与えられた火は、自分の中だけで燃やしておくためではありません。誰かに届けるために与えられています。
そしてそのために、神様は私たちに、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました。
私はこの三つのバランスが、とても大切だと思います。力だけなら、押しつけになってしまうことがあります。愛だけなら、思っているだけで終わってしまうことがあります。慎みだけなら、考えすぎて動けなくなってしまうことがあります。だから神様は、力と、愛と、慎みを与えてくださいました。
私たちのうちには、すでに神様が与えてくださったものがありますから、その火を、再び燃え立たせましょう。そして、その火を、自分の中で終わらせないでください。
力をもって一歩踏み出し、愛をもって人を見、慎みをもって、その人に届く方法を考え、そして、イエス・キリストを証しする。
この一週間、神様がすでに私たちに与えてくださっているものを、もう一度燃え立たせていきましょう。
そして、まだイエス様を知らない一人の人へ、その火を届けていきましょう。