■2019年4月14日 日曜礼拝メッセージより(辻和希伝道師、横路伝道師)

信仰を精錬する忍耐 

主題聖句(第1ペテロ1:7)
あなたがたの信仰の試練は、火で精錬されつつなお朽ちて行く金よりも尊く、イエス・キリストの現われのときに称賛と光栄と栄誉になることがわかります。

 

(ヨセフの生涯から)
【辻 和希伝道師メッセージ】
 主題聖句の第1ペテロにある、「あなたがたの信仰」とは、神への信仰であり、私たちが一番初めに持つ信仰です。それは、イエス様が救い主であり、私たちの罪を全て身代わりとなって処分してくださり、更には、死を打ち破り蘇ってくださったことで、私たちに新しい生ける希望を与えてくださったという福音を信じる信仰です。
 信仰は目に見えませんので、私たちの信仰を測るためには、試練を通して試されなければなりません。一度告白したからといっても、その信仰が本当に生きて働いているのかは、試さないとわからないからです。私たちの信仰を確認するという意味でも、大なり小なりの試練は誰にでも訪れます。その試練をクリアすることで、私たちの信仰は純度の高い信仰へと成長していくのです。

1.妬みと嫉妬による精錬
(創世記37:18~20)
「彼らは、ヨセフが彼らの近くに来ないうちに、はるかかなたに、彼を見て、彼を殺そうとたくらんだ。彼らは互いに言った。「見ろ。あの夢見る者がやって来る。さあ、今こそ彼を殺し、どこかの穴に投げ込んで、悪い獣が食い殺したと言おう。そして、あれの夢がどうなるかを見ようではないか。」
(詩篇9:13)「主よ。私をあわれんでください。私を憎む者から来る私の悩みを見てください。主は死の門から私を引き上げてくださる。」
 ヨセフはまさに大きな試練を通った人物の一人であります。ヨセフは、ヤコブの11番目の息子です。年老いたときに産まれたことと、最も愛したラケルとの間に産まれた最初の子どもということで、他の息子よりも父ヤコブから特に愛されました。また、ヨセフは特別な夢を見る能力があり、見た夢の内容を言ったことで、お兄さんたちから妬みと嫉妬を買うことになります。
 同様に、私たちは父なる神様から特別に愛されています。ですから、クリスチャンはいつも闇の支配者サタンから妬みと嫉妬の対象なのです。敵は私たちの信仰を揺るがそうとあらゆる方法で攻撃してきます。そして、もう一度罪の奴隷にしようと働きかけてきます。そのような働きかけがあったときこそ、信仰を精錬するために忍耐を働かせることが重要です。
 また、私たちは、隣人を妬み嫉妬するという罪性をも持っていることを忘れてはいけません。いいなぁ~、と人のものを欲しがるのは、人間誰しにもあります。ヨセフを妬んだお兄さんの気持ちが理解できるのです。相手に対して、妬み嫉妬の一線を越えると、ヨセフにしたような仕打ちをしてしまいますが、そうならないように私たちの心を見張りましょう。

2.奴隷という身分による精錬(創世記39:1~4)
「ヨセフがエジプトへ連れて行かれたとき、パロの廷臣で侍従長のポティファルというひとりのエジプト人が、ヨセフをそこに連れて下って来たイシュマエル人の手からヨセフを買い取った。主がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人となり、そのエジプト人の主人の家にいた。彼の主人は、主が彼とともにおられ、主が彼のすることすべてを成功させてくださるのを見た。それでヨセフは主人にことのほか愛され、主人は彼を側近の者とし、その家を管理させ、彼の全財産をヨセフの手にゆだねた。」
(詩篇119:25)
「私のたましいは、ちりに打ち伏しています。あなたのみことばのとおりに私を生かしてください。」
 ヨセフはお兄さんたちに奴隷として売られてしまいます。これまで族長の息子という立場から、奴隷という使用人の立場になってしまいました。ほとんどの人が、環境がマイナスに変えられるとストレスをかかえると思います。その環境や立場を受け入れることもまた、信仰が精錬されるための試練となります。それが自分にとって好ましくない状況であればあるほどです。
 ヨセフは、その奴隷という状況がいつまで続くのか全く予想できなかったことでしょう。ヨセフのストーリーを知っている私たちは、ヨセフには最後に神様によって大逆転が待っていることを知っていますが、当の本人はエジプトの総理大臣になることなんて想像もできないことです。そうなのです。私たちが試練に会っているときは、苦しさ故に、それがなぜ起こっているのかがわかりませんし、神様のご采配であるという信仰を持つことは容易いことではありません。しかし、1ペテロ1:7には、「イエス・キリストの現れのときに称賛と光栄と栄誉になることがわかります。」と書いてあります。聖書は、信仰の試練は必ず称賛と光栄と栄誉になるということを約束しているのです。ヨセフもそうでした。ですから、今訪れている試練がなぜ起こっているのか受け入れがたい状況があったとしても、神様は必ず報いてくださるという信仰を持ち続けていきましょう!

【横路伝道師メッセージ】
3.信頼を失うことによる精錬(創世記39:19~20)
「主人は妻が、『あなたの奴隷は私にこのようなことをしたのです。』と言って、告げたことばを聞いて、怒りに燃えた。ヨセフの主人は彼を捕え、王の囚人が監禁されている監獄に彼を入れた。こうして彼は監獄にいた。」
 ヨセフは、ポティファルの家で財産をすべて任せられるほどの奴隷になっていました。神様が共におられたからです。しかし、ポティファルの妻が彼を誘惑してきました。ヨセフはそれをちゃんと断ります。エデンの園でもエバが誘惑されました。エバは蛇の誘惑に同意してしまいました。しかし、ヨセフは同意しませんでした。イエス様も、サタンの誘惑に同意されませんでした。ヨセフは神様にしっかりとつながっていました。 
 ヨセフは、ポティファルの妻の誘惑に立ち向かいました。しかし、財産まで任せてくれていた主人ポティファルの信頼を失ってしまいました。それは、誤解でしたが、とても心が痛んだと思います。
(詩篇27:9)
「どうか、御顔を私に隠さないでください。あなたのしもべを、怒って、押しのけないでください。あなたは私の助けです。私を見放さないでください。見捨てないでください。私の救いの神。」
 ヨセフは、愛されていた息子の立場から、ねたまれて奴隷となり、更に陥れられて監獄に入れられました。そこでも彼は約10年近く忍耐しました。そこでも彼は祝福されて、監獄全体の支配を任される立場になりました。暗いじめじめした監獄で、ヨセフは忍耐をしました。忠実になすべきことを続けたヨセフに神様は祝福を与えられました。私たちも、辛い時に不平不満を言うのではなく、そこでなすべきことを忠実にしていくなら、神様に祝福されるのです。

4.応答がないことによる精錬(創世記40:20~23)
「三日目はパロの誕生日であった。それで彼は、自分のすべての家臣たちのために祝宴を張り、献酌官長と調理官長とをその家臣たちの中に呼び出した。そうして、献酌官長をその献酌の役に戻したので、彼はその杯をパロの手にささげた。しかしパロは、ヨセフが解き明かしたように、調理官長を木につるした。ところが献酌官長はヨセフのことを思い出さず、彼のことを忘れてしまった。」
 ヨセフが監獄で、献酌官長と調理官長の夢を解き明かして、その通りになりました。そして、パロに伝えてくださいと頼んでいたのに、すっかり忘れられてしまいました。
 しかし、その後パロが夢を見て、誰も解き明かせずに困っている時に、献酌官長がヨセフのことを思い出したのです。そして、ヨセフはパロの夢を解き明かし、その対策まで示したので、パロはヨセフを全ての権限を持った総理大臣に任命しました。そしてエジプトはききんを乗り切ることができ、ヨセフの一族も助かったのです。
 ヨセフが献酌官長に忘れられていた2年間は、(詩篇42:5)のような心境だったと思います。
(詩篇42:5)
「わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。私の前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。」
 待つには忍耐がいります。ヨセフは苦しい所を通りましたが、すべての試練は最後に益と変えられました。彼の従順さ、知恵、柔和さ、管理をする力、賢さ、これらは主が彼と共におられたとはいえ、すべて長い苦しみの経過の中でつちかわれたのです。
 時を忍耐して待つということが必要です。神様からの答えがない時に、「まだですか。いつまでですか。」と私たちは思います。しかし、神様は、最もタイムリーな時に答えられます。ヨセフが答えられたのは、パロが夢を見た時でした。その時に献酌官長がヨセフのことを思い出されなければ、タイミングを逃したかもしれません。最高の舞台まで、神様はヨセフを監獄にとどめられたのです。「神のなさることは時にかなって美しい。」(伝道者の書3:11)とあるように、神様は一番良い時に応えてくださるのです。
 私たちの多くの願いはまだかなっていません。再臨もまだ来ていません。しかし、今日は再臨に一番近い日です。まだ応えられていない私たちの祈りがあります。しかし、その祈りに応えられるのに今日が一番近い日です。だから、忍耐をしましょう。イエス様が十字架で忍耐されたように、私たちも忍耐して主を待ち望みしょう。