■2026年4月12日 日曜礼拝メッセージより(主任牧師 辻 秀彦 師)
罪と死の原理からの解放
主題聖句(ローマ8:2)
なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。
【復習】
Ⅰ「いのちの光を持つ者」について
今年のテーマのみことば(マタイ5:16)から、「あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。」ということで、「いのちの光を持つ者」についてお話いたしました。
Ⅱ. みことばを聞いて従う者について
みことばを聞いて行う者の内に、いのちの光は注がれます。
そういう人は、
①賢い人・・「岩の上に家を建てた人」のたとえ話・・
最後の審判に備える人は、救われる。
②御霊による働きのために御霊が注がれる。
いのちの光は、私たちの内に住まわれる聖霊様から放たれる。人々はその光を見て、私たちの内に共におられる神をあがめるようになる。
私たちの内に住まわれる聖霊様のお働きは、
⑴いのちをもたらす
⑵イエスについて証言する
⑶イエスの光を伝承する
⑷死ぬべきからだを生かす
⑸真理に導き、神のみこころを示す
【今日のメッセージ】
⑹罪と死の原理からの解放
(ローマ8:2)
「なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。」
罪赦されて永遠のいのちを与えられ神の国に導き入れられる、という「いのちの御霊の原理」が、永遠の滅びである「罪と死の原理」から、私たちを解放してくださった、というみことばです。
≪罪と死の原理≫
(ヤコブ1:15)
「欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。」
欲が働くと、欲を満たすために的外れな方向にドンドン進んで、ルールを破ってでも欲を満たそうとするのが、人の罪の性質です。
その裁きとしての死が、創世記の初めに神様によって定められています。ルールを守って秩序と健全さを保つための裁きです。
≪いのちの御霊の原理≫
(へブル9:14)
「まして、キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たちの良心をきよめて死んだ行いから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。」
罪の赦しの為のイエス様の救いの御業は、「とこしえの御霊によって」為されました。御霊様は神の霊、神の愛そのものです。
イエス様は、神の愛に動かされて、罪人の為にご自身を犠牲にして身代わりに私たちの裁きを受けてくださいました。それは愛から出たことである、というのが「神におささげになったその血」の意味するところです。
「良心」というのは、善悪を判断する心の働きです。
私たちクリスチャンは、イエス・キリストを善悪の判断の基準としています。
イエス様が「私たちの良心をきよめて」くださり、私たちを、創造主なる「生ける神に仕える者」としてくださいます。
イエス様の十字架によって神様の愛を感じた人は、良心が神の愛に触れられて、「私は神様の愛によって罪赦されたんだ、もう一度やりなおそう」と思います。
そして、今までの自分勝手な基準から離れ(死んだ行いから離れ)、きよめられた良心(神様の愛に則った良心の考え方、神様のおことば、教え)を基準として生きることを決心します。それが「生ける神に仕える者とする」ということです。
これが「いのちの御霊の原理」であり、私たちのクリスチャン生活です。私たちは今それを鍛えられている途上にあります。
『御霊の自由』
(Ⅱコリント3:17)
「主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。」
★神の御霊のあるところには「自由」があります。それは、どのような自由なのでしょうか。
次の3つのみことばから、各自で黙想し、各々に示される神様のおこころを受け止めていただきたいと思います。
⑴ガラテヤ5:13
「兄弟たち。あなたがたは、自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい。」
神様はどういう自由を私たちに示そうとしておられるのでしょうか。私たちには何でも自由に選ぶ権利が与えられています。肉欲の動機も、愛の動機も、自由に取捨選択できます。神様はどのような自由を与えてくださったのでしょうか。
⑵Ⅰコリント6:12
「すべてのことが私には許されたことです。しかし、すべてが益になるわけではありません。私にはすべてのことが許されています。しかし、私はどんなことにも支配されはしません。」
私たちには自由が与えられています。しかし、自由な選択の結果がすべて自分の益になるわけではありません。善には善の、悪には悪の報いがあります。
神様が私たちに与えてくださった自由は、善を行う自由、隣人を愛し仕える自由です。
⑶(Ⅰペテロ2:16)
「あなたがたは自由人として行動しなさい。その自由を、悪の口実に用いないで、神の奴隷として用いなさい。」
私たちには自由が与えられています。賢い人は、その自由を、神様のおことばに従い実行することに用います。
私たちに示された神様の愛ゆえに、私たちは神様のものとして神様の愛に応えて、神様を愛し神様に仕えて生きていきたい、そういう自発的な願いが起こされるのです。
この3つのみことばを参考にして、皆さんも自由に賢い選択をしていただきたいと思います。