■2026年3月29日 日曜礼拝メッセージより(主任牧師 辻 秀彦 師)

死について 

 

 

主題聖句(ローマ8:13)
もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。しかし、もし御霊によって、からだの行いを殺すなら、あなたがたは生きるのです。

 来週はイエス・キリストの復活を記念したイースター礼拝です。その前の1週間は、イエス様が十字架におかかりになるという受難週です。そこで今日は「死について」と題して、お話しさせて頂きます。

今日の主題聖句(ローマ8:13)
「もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。しかし、もし御霊によって、からだの行いを殺すなら、あなたがたは生きるのです。」
 「肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬ」とありますが、この「死ぬ」ということを、聖書ではどのように教えているのか、見ていきたいと思います。

(創世記2:17)
「しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」

 神様がアダムとエバに、善悪の知識の木の実を食べたら死ぬと言われたのは、その木の実に毒が入っているのではありません。神様のおことばに従わないことが、人の死の一番の原因である、ということです。
 ヘブル語の≪死ぬ≫という言葉は、「殺す、破壊する」という意味をもっています。ですから、(創世記2:17)のみことばは、「神のことばを守らないことは、自分を殺すことであり、自分を破壊することである。」更に、「神のことばに聞き従わなければ、神のかたちを破壊することになる。」という意味に受け止めることが出来ます。
 創世記ではその後、アダムとエバの息子たちのカインとアベルが神様に捧げものをした時、神様はカインの捧げものには目をとめず、アベルの捧げものに目をとめられました。
 アベルは神様を敬う心を大切にして、神のかたちを守ろうとして、神の前にささげ物をしたからです。
 しかし、自分のささげ物には目をとめていただけなかったカインは、そのことで「ひどく怒り」、そして、アベルを殺してしまいました。
 アベルは死にました。同時にカインは、自分の「神のかたち」を破壊したのです。
 それ以降、人類は「神のかたち」を守ろうとする人たちと、「神のかたち」を捨てる人たちの二つに分かれて行きます。
今日のみことば(ローマ8:13)意訳
「もし、肉(貪欲)に従って生きるなら、あなたがたは死ぬ(自分を殺す、破壊する)のです。しかし、もし御霊によって、からだの行いを殺す(破壊する)なら、あなたがたは生きる(神のかたちを保つ)のです。」

≪死は復活の為≫
(Ⅰコリント15:42-44)
「死者の復活もこれと同じです。朽ちるもので蒔かれ、朽ちないものによみがえらされ、卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえらされ、弱いもので蒔かれ、強いものによみがえらされ、血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。血肉のからだがあるのですから、御霊のからだもあるのです。」
 このみことばは、私たちが更に優れた完成された状態になるために、一度死ぬことが必要である、ということを私たちに啓示しています。一度死んで、そこからよみがえった姿が、本来の人間の完成された姿だということです。
 しかし、死から復活するためには、神の愛を体験しなくては復活できません。神の愛を認めなければ死んだままです。神がイエス・キリストを遣わされたのは、私たちの罪をイエス様が全部負って、私たちの身代わりに十字架で死ぬためでした。ここに愛があるのです。

≪イエスの死≫
(イザヤ53:5)
「しかし、彼は私たちの背きの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」
 「復活」というのは、以前のものが、全く質の違う新しいものへと造り直される、ということです。そのための代価として、尊いイエス様のいのちが支払われました。そのおかげで、いま私たちは完全に造り直されるという復活を、約束していただいているのです。

(Ⅰペテロ3:18)
「キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。それは、肉においては死に渡され、霊においては生かされて、私たちを神のみもとに導くためでした。」
 「神のみもとに導く」とは、私たちが創造された目的である神のかたちに立ち返り、もう一度新しく造り直されることです。そのためには、私たちは一度死ぬことが必要です。
 だからイエス様は私たちの代わりに死んでくださいました。罪の無いきよいご自分のいのちを代価として支払って、私たちを買い戻してくださったのです。それは私たちを愛してくださっているからです。
 そうして、私たちは造り直され、成熟と完成に向かうことが出来るのです。それは信じる者に与えられる神の恵みです。