■2026年2月15日 日曜礼拝メッセージより(主任牧師 辻 秀彦 師)
イエスについて証言する
主題聖句(ヨハネ15:26)
わたしが父のもとから遣わす助け主、すなわち父から出る真理の御霊が来るとき、その御霊がわたしについてあかしします。
三位一体の神様を理論的に知識的に理解しようとしても無理です。
愛、親切、憐れみなど目に見えないものを深く感じることができるのは、世の中でいう知識ではなくむしろ感情です。
私たちは、どのように見えない神様を信じられるのでしょうか。また、どのようにイエス様を知ることができるのでしょうか。
それは、霊とたましいに神の霊である聖霊様がふれてくださることによります。
心、たましいのスキンシップがなされると、五感全てに神様を感じ、イエス様を知ることができるようになります。
聖霊様は個人個人にイエス様についての証言を与えてくださる御方です。
しかし、もしイエス様のことが、まだよく分からないという方がおられるなら、その方は聖霊様との関係が、まだあまり深くないと言えるでしょう。
A)「証しする」とは?
ギリシャ語の意味は、証拠を提出する、良い報告を得るということです。
御霊による働きは、私たちのたましいにイエス様について良い報告の証拠をもって示してくださいます。
B) 正しい良心に示される
(ローマ9:1)
「私はキリストにあって真実を言い、偽りを言いません。次のことは、私の良心も、聖霊によってあかししています。
この良心は神様を信じ敬う良心です。」
パウロの良心と聖霊様との関係がここで語られています。この良心ということばは、イエス様を信じた後の神を深く畏れ敬う良心です。
パウロはこの手紙は自分の考えからではなく、聖霊様によって自分のきよめられた良心に、神様から啓示された内容であると告白しています。
きよめられた良心のみが聖霊さまと関係をもつことができます。
C) 預言をするダビデ
(使徒4:25)
「あなたは、聖霊によって、あなたのしもべであり私たちの父であるダビデの口を通して、こう言われました。『なぜ異邦人たちは騒ぎ立ち、もろもろの民はむなしいことを計るのか。」
ダビデは敬虔深い王として、正しい良心をもって国を統治しました。神は聖霊によって、そのようなダビデの口を用いて民に語られたのです。
神様はその人の人格を無視して語らせるようなことはされません。ダビデは神を畏れ敬う心をもって判断して民に語った人です。
ただ、罪を犯さなかったわけではありません。罪を犯してその罪が明らかにされた時、神を畏れる心をもって、言い訳せず、自らへりくだって、心を砕いて裁きをうけました。
その正しい良心、深い敬虔な心を神は愛し用いられたのです。聖霊様がダビデの正しい良心に語られたことを、ダビデは民に語りました。
聖霊様は神様の深いみこころをダビデのたましいにふれて啓示されたからこそ、ダビデは深い畏敬の念をもつことができ、従順にそのことばを民に語れたのです。
D) イエスの十字架への決意
(ヘブル9:14)
「まして、キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たちの良心をきよめて死んだ行いから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。」
御霊がイエス様の良心に父なる神の愛を証しされたので、ご自身をささげられる決意を持たれました。
ゲッセマネで、イエス様は苦しみ祈られました。人としての弱さを表され苦しまれたのです。そこで、今の私たちと同じ弱さを表してくださったのです。
イエス様が人としては逃げたい激しい苦しみの前に、それでも逃げなかったのは、父なる神様の深い大きな愛に聖霊様によってふれていただいていたからです。
愛にふれて、苦しみを乗り越え、神様のみこころに従順に従い、自らをささげられたのです。
すべては神様の愛を知ることによります。私たちも愛を知れば、犠牲を払うこともできるようになるでしょう。
御霊は直接たましいにふれてくださるので、強い確信をもつことができます。聖霊様が証拠による確信を与えてくださいます。
内にある主イエス様の光を輝かせるには御霊を受け良心の聖めが必要です。
御霊を受けることと、聖められることは同時進行です。
そのことを、ぜひ経験し、味わってください。
【俳句】
従順は 御霊の証し イエス知る
神様の愛を知ったからこその従順です。