■2026年9月20日 日曜礼拝メッセージより(辻 和希 牧師)
御霊によって動く
主題聖句(ヨナ3:1~3)
再びヨナに次のような主のことばがあった。「立ってあの大きな都ニネべに行き、わたしがあなたに伝える宣言をせよ。」ヨナは、主のことばのとおりに、立ってニネべに行った。
72時間聖会が終わって一週間が経ちました。祈り、賛美、み言葉、そして一人ひとりに与えられた賜物が用いられ、本当に恵まれた聖会となりました。しかし、「御霊によって動く」という歩みは、聖会の中だけのものではありません。むしろ、聖会が終わり、いつもの日常に戻ってからがその始まりです。
神様はヨナに「立って、ニネベに行きなさい」と、はっきり語られました。ヨナも立ち上がります。しかし向かったのは、神様が示された方向とは反対でした。
私たちにも似たようなことがあります。「祈ろう」「声をかけよう」「謝ろう」「赦そう」「この賜物を用いてみよう」と、すでに示されているのに、自分の思いや感情によって一歩を踏み出せないことがあります。御霊に聞くことと、御霊に従うことはセットです。神様は一度逃げたヨナを見捨てませんでした。
「再びヨナに次のような主のことばがあった。」(ヨナ3:1)
神様はもう一度、「立って、ニネベに行きなさい」と語られます。そして今度は、「ヨナは、主のことばのとおりに立って、ニネベに行った」のです。失敗しても、そこで終わりではありません。もう一度聞き、もう一度立ち、もう一度踏み出すことができます。これも今回の聖会で掲げた「再燃」ではないでしょうか。
しかしヨナ書4章を見ると、ヨナはニネベに行くことには従いましたが、ニネベをあわれまれる神様の心をまだ理解できず、怒っていました。つまり、行動は神様と同じ方向を向いても、心はまだ同じ方向を向いていなかったのです。
御霊によって動くとは、ただ「言われたことを行う」だけではありません。神様が愛しておられる人を私たちも愛し、神様が大切にしておられるものを私たちも大切にする。私たちの行動だけでなく、心まで神様と同じ方向へ動かされていくことです。聖会の中よりも、家庭や職場、学校、人間関係の中で御霊によって歩む方が難しいかもしれません。だからこそ、力だけではなく、愛と慎みの霊が必要です。
聖会は終わりました。しかし、「御霊によって動く」は終わっていません。御霊に聞き、示された小さなことに従い、今日また一歩を踏み出しましょう。私たちは、御霊によって動きます。