Devotion note

開き続ける教会



【使徒2:42~45】
彼らはいつも、使徒たちの教えを守り、交わりを持ち、パンを裂き、祈りをしていた。
すべての人に恐れが生じ、使徒たちによって多くの不思議としるしが行われていた。信者となった人々はみな一つになって、一切の物を共有し、財産や所有物を売っては、それぞれの必要に応じて、皆に分配していた。

◆初代教会に何が起きていたか

・神中心になる(恐れ・畏れ)
・神が実際に働く(介入)
・人の関係が変わる(共有)

<まとめ>
神を畏れるとき、神が働き、人が一つになります。それが、聖霊が自由に働いておられる教会の姿です。
 

◆恐れ(神への畏れ)

・神が本当におられるという認識
・自分中心ではいられなくなる→神が中心になる
 

◆神の介入(しるしと不思議)

・神を畏れるとき、
  神が働く余地が生まれる
・神の介入は、”開かれたところ”に起こる

→私たちはしるしを起こそうとするのではなく、神が働かれる余白を持つ
 

◆共有(人の関係の変化)

・制度ではなく、心が変えられた結果
・現代の”共有”とは物質、時間、労力、賜物→人生を分かち合う
 

◆教会は聖霊によって始まった

・初代教会の出来事の再現ではなく、あの時始まった教会の姿に立ち返る
・神を畏れ、互いに分かち合う教会へ
・そこには聖霊の自由な働きがある
 

◆まとめ

神を畏れるとき、私たちは自分中心から離れ、神が本当におられる現実に立たされます。そのとき神ご自身が働かれ、私たちの間に御わざが現されて行きます。
そして私たちは、時間も賜物も分かち合いながら、一つの聖霊の働く教会として生きるようになります。