1)打たれたキリストのからだ
(イザヤ53:4〜5)
まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。
しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。
(第1ペテロ2:24)
そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。
打たれる→罪に対する神の懲らしめ
身代わりに打たれたキリスト
だから赦され、癒され、平安である
2)キリストの血による新しい契約
(エレミヤ31:31)
見よ。その日が来る。−−主の御告げ−−その日、わたしは、イスラエルの家とユダの家とに、新しい契約を結ぶ。
(ヘブル9:15)
こういうわけで、キリストは新しい契約の仲介者です。それは、初めの契約のときの違反を贖うための死が実現したので、召された者たちが永遠の資産の約束を受けることができるためなのです。
契約→守り続ける永遠の約束を誓う
新しい契約→代価による罪の赦し
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