HOMEへ

   
2022 devotion

信仰(霊)の成人者であれ!


go home   go to top

 

第1コリント13:11
私が子どもであったときには、子どもとして話し、子どもとして考え、子どもとして論じましたが、おとなになったときには、子どものことをやめました。

 

子どものことをやめる
箴言21:25〜26
なまけ者の欲望はその身を殺す。その手が働くことを拒むからだ。
この者は一日中、自分の欲望に明け暮れている。しかし、正しい人は人に与えて惜しまない。

子どもは自分の欲望に明け暮れている

おとなは正しいことを求める
 

 

「与える」について

与える→施す→関与する→交わる
別のギリシャ語「コイノニア」
私たちの交わり→第1ヨハネ1:3
私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。

幸いを生み出す
天に宝を積む→マタイ19:21
イエスは彼に言われた。「もし、あなたが完全になりたいなら、帰って、あなたの持ち物を売り払って貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい。」

交わりの回復→ルカ19:8
ところがザアカイは立って、主に言った。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」

 

 

応答の時

全ては神からの賜物
(第1コリント4:7)
いったいだれが、あなたをすぐれた者と認めるのですか。あなたには、何か、もらったものでないものがあるのですか。もしもらったのなら、なぜ、もらっていないかのように誇るのですか。

どんな賜物?
(物質的、精神的、霊的)

使徒3:6の実践
すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と言って、

 

 

 

 

top

next