2021 devotion

主をおそれる立派な振る舞い
神に近づく礼拝

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【横路伝道師デボーション】

『主をおそれる立派な振る舞い』

詩篇95:7〜8
主は、私たちの神。私たちは、その牧場の民、その御手の羊である。きょう、もし御声を聞くなら、メリバでのときのように、荒野のマサでの日のように、あなたがたの心をかたくなにしてはならない。

1.ヨナの召命

(ヨナ1:1〜2)
アミタイの子ヨナに次のような主のことばがあった。
「立って、あの大きな町ニネベに行き、これに向かって叫べ。彼らの悪がわたしの前に上って来たからだ。」

 

.ヨナの逃亡

(ヨナ1:3)
しかしヨナは、主の御顔を避けてタルシシュへのがれようとし、立って、ヨッパに下った。彼は、タルシシュ行きの船を見つけ、船賃を払ってそれに乗り、主の御顔を避けて、みなといっしょにタルシシュへ行こうとした。

 

.暴風で船が沈みそうになる

(ヨナ1:4〜5)
さて、主は大風を海に吹きつけられた。それで海に激しい暴風が起こり、船は難破しそうになった。
水夫たちは恐れ、彼らはそれぞれ、自分の神に向かって叫び、船を軽くしようと船の積荷を海に投げ捨てた。しかし、ヨナは船底に降りて行って横になり、ぐっすり寝込んでいた。

(ヨナ1:6)
船長が近づいて来て彼に言った。「いったいどうしたことか。寝込んだりして。起きて、あなたの神にお願いしなさい。あるいは、神が私たちに心を留めてくださって、私たちは滅びないですむかもしれない。」

(ヨナ1:7〜8)
みなは互いに言った。「さあ、くじを引いて、だれのせいで、このわざわいが私たちに降りかかったかを知ろう。」彼らがくじを引くと、そのくじはヨナに当たった。
そこで彼らはヨナに言った。「だれのせいで、このわざわいが私たちに降りかかったのか、告げてくれ。あなたの仕事は何か。あなたはどこから来たのか。あなたの国はどこか。いったいどこの民か。」

 

.ヨナの告白

(ヨナ1:9〜10)
ヨナは彼らに言った。「私はヘブル人です。私は海と陸を造られた天の神、主を恐れています。」
それで人々は非常に恐れて、彼に言った。「何でそんなことをしたのか。」人々は、彼が主の御顔を避けてのがれようとしていることを知っていた。ヨナが先に、これを彼らに告げていたからである。

(ヨナ1:11〜13)
彼らはヨナに言った。「海が静まるために、私たちはあなたをどうしたらいいのか。」海がますます荒れてきたからである。
ヨナは彼らに言った。「私を捕らえて、海に投げ込みなさい。そうすれば、海はあなたがたのために静かになるでしょう。わかっています。この激しい暴風は、私のためにあなたがたを襲ったのです。」
その人たちは船を陸に戻そうとこいだがだめだった。海がますます、彼らに向かって荒れたからである。

 

.ヨナ、海に投げ込まれる

ヨナ1:14〜16)
そこで彼らは主に願って言った。「ああ、主よ。どうか、この男のいのちのために、私たちを滅ぼさないでください。罪のない者の血を私たちに報いないでください。主よ。あなたはみこころにかなったことをなさるからです。」
こうして、彼らはヨナをかかえて海に投げ込んだ。すると、海は激しい怒りをやめて静かになった。
人々は非常に主を恐れ、主にいけにえをささげ、誓願を立てた。

 

.ヨナ、大魚にのみこまれる

(ヨナ1:17)
主は大きな魚を備えて、ヨナをのみこませた。ヨナは三日三晩、魚の腹の中にいた。

 

【適 用】

1)私たちが生かされているのは
 *隣人に遣わされるため

2)私たちは心をかたくなにして神御前から逃げていないか
 *恐れから
 *自己中心から
 *敵(嫌いな・苦手な相手)から

3)主をおそれる立派な振る舞い
 *人をおそれず、神をおそれること
 *敵(嫌いな・苦手な相手)を愛すること
 *自己中を捨て、聖霊を求めること
 

 

【辻和希伝道師デボーション】  

『神に近づく礼拝』
   〜神の御前に立つ〜

ヘブル10:19〜21
こういうわけですから、兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所に入ることができるのです。
イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのためにこの新しい生ける道を設けてくださったのです。
また、私たちには、神の家をつかさどる、この偉大な祭司があります。

◆イエス様という生ける道
 
・イエスの血 → 十字架のみわざ
 
・聖所 → 神が訪れる場所
 
・祭司の務め → 礼拝者

※旧約時代の儀式的礼拝から、霊とまことによっての礼拝へ。
ヨハネ4:23
しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。

 

ヘブル10:22〜25
そのようなわけで、私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。
約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。
また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。
ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。

◆礼拝の性質

・神に近づく → 可能になった
 
・神の前での希望の告白の具体化
  → 神との間「礼拝」
  → 兄弟姉妹間「愛と善行」

・神の前に出る → 再臨時のためにも

※礼拝は神の前に出ることと同義。
 賛美礼拝時が体験しやすい。

 

◆聖会前の2つの準備
 
・受けるための準備
 
・御前に出るための準備

 

◆まとめ 

神様の恵みによって救われたクリスチャンは、神様を礼拝するという習慣が生活に加わった。
神様を拝する行為は儀式的なものから、霊とまことによるものに変化した。現代の礼拝においては豊かな賛美の時間があるので、その時間の中で神様の前に出ることを体験し、霊とまことをもって礼拝する、真の礼拝者となりたい。
 


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