2003年2月23日日曜礼拝メッセージより(主任牧師 辻 秀彦師)
  神の被いの中に


ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者、わたしは、めんどりがひなを翼の下にかばうように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。
(ルカ13:34)


 エルサレムとは、イスラエルの民のみでなく、神に愛されている人々を表わし、教会を象徴しています。イスラエルの民が、神に愛されながらも、何度も神の御心に背いて神から離れてしまったように、クリスチャンたちも、教会の兄弟姉妹や、指導者、みことばの忠告が来る時に、それを無視する態度をとって、神の御心を痛めてしまうことがあります。今週は、「めんどりがひなを翼の下にかばうように」という神の私たちに対する御心を理解して、それはどういうことなのかをレビ記から学んでゆきましょう。
 神の祭司として神に仕えることが、翼の下に入るということです。

●24日(月)「祭司のための全焼のいけにえ」
         (レビ記8:18〜21)(ローマ3:23〜24)
 神は私たちを回りの人々と比べて選んでくださったのではありません。
 しかし、私たちは無意識に回りの人々と自分を比較して生きてしまいます。そのために、クリスチャンになってからも、劣等感、優越感、ねたみなどで悩まされることがあります。こういう比較した生き方をすることは、神の御心ではありません。私たちが救えわれたのは恵みであり、偶然と言ってもよいものです。救われた時の偶然の出来事、偶然の心境がぴったりと合ったのです。それゆえ、救いにおける神の奇跡的な偶然を忘れてはなりません。この恵みをもう一度思い起こし、比較の中に生きるのはやめましょう。

●25日(火)「任職のためのいけにえ」
           (レビ記8:22〜29)(第1コリント10:31)
 祭司たちが任命される時、任職のためのいけにえがささげられますが、これは一般の人々にはないいけにえです。血は契約の証しとして用いられます。ここで、耳、手、足に血が塗られるとは、私たちの全人生において、神と契約をかわしたことを意味しています。神の御翼の下に入ってきた時に、もうここから出て行きません。あなたのもとに留まり続けますという決心と契約を表しています。
    耳に血を塗る ----- 神に従う決心
    手に血を塗る ----- あらゆる手の業(仕事)は、
                神のために用いるという決心
    足に血を塗る ----- 人生のすべての歩みを、   
                神と共に歩むという決心
 私たちは自分の人生を通して、神の栄光が表されますようにという決心をした時に、耳、手、足にイエス様の血潮を塗られて、祭司となりました。
 あなたは、いつもイエス様に従ってゆくという決心をされましたか?
 自分の仕事はどのようなものであっても、どんなに小さく思える仕事でも、神のために、神を喜ばせるためにしてゆきたいという決心をされましたか?
 又、あなたの人生は誰と共に歩む人生であるのかを理解されていますか?これらの3つの点をもう一度、しっかりと点検し、決心しましょう。

●26(水)「血と油注ぎによる聖別」
           (レビ記8:30)(ヨハネ4:23〜24)
 神は礼拝者を求めておられます。礼拝とはなんでしょうか。
 人間関係で見るならば、妻が夫を愛するという関係によく似ています。つまり、守られる、保護されるという立場の妻が、夫を心から敬い、信頼し、夫について行きたいという心を持つ、その思いが礼拝に近い意味と言えます。夫を心から愛し、従って行きますという気持ちは、礼拝者の気持ちによく似ています。ただ、神は霊なので、神を愛する=礼拝する方法も、霊とまことによって、つまり、きよい状態で礼拝することが大切です。
 まず、イエス様の血潮によってきよめられ、心の目がこの世の貪欲から、神の愛に向けられます。さらに、聖霊様の油注ぎにより、その導きと助けによって、神のもとにとどまり続けることができるようになります。
 血 ---- イエス様の血潮。神に目を向けられるよう、  
       きよめの働きをする。
 油注ぎ--- 聖霊様の働き。神のもとにとどまり続けるよう助ける。
 血と油注ぎ(聖霊様の働き)のきよめによって、私たちは神の被いの中に礼拝者としてとどまり続けることができるのです。

●27(木)「任職のための期間」
           (レビ記8:31〜36)(第1ペテロ1:15〜16)
 任命されても、その役職についてゆくためには、学びの期間が必要です。私たちも永遠の御国で祭司の働きをしてゆくための、準備の期間として、この人生が与えられています。
 私たちはこの人生において神にどのように仕え、どのように賛美し、どのように神を理解してゆくかを学んでいます。私たちはすでに祭司として任命されました。この人生は任職のための期間です。
 今は学ぶ期間であり、様々なことを覚え、身に着ける期間ですから、いろいろな失敗もあり得ます。「今完璧でなければならない」という考えは捨てましょう。必ず、完璧になって、主の祭司として立てるようになるのですから、今は訓練と受け取り、どんな失望、落胆にも陥らないようにしましょう。

●28(金)「主の栄光の現れのために」
         (レビ記9:1〜7)(第2コリント4:15)
 レビ記の9章は今までのまとめであり、様々ないけにえの細かい規定が結果的に何を表すかが書かれています。それは主の栄光の現れのためです。
 いけにえの規定をことごとく守って行ったら、神の栄光、神の臨在、神の素晴らしさにふれ、それを見ることができるということであり、それは、イエス様を心の隅に追いやったり、あまり重要視しなかったら、あなたの人生において、神の栄光があまり表されないということを示しています。神の栄光は、奇跡という形でも現れます。又、あなたが今まで体験したことのない、喜びや平安という形で訪れることもあります。あるいは体のいやしという形で現れる場合もあります。超自然的な体験は、主の栄光が現れた状態です。
 このようなすばらしい神の栄光の現れを体験するために、イエス キリストはいけにえとしてほふられました。それゆえ、この方を信じるなら、誰でも神の栄光が現われる条件が整っているということになります。ただ「信じる」だけです。ただ信じるだけで、神の御霊が私たちの内に来て住まわれるというすばらしい奇跡を体験します。イエス キリストの十字架を忘れないようにしましょう。

●3/1(土)「主の栄光が現れる」
            (レビ記9:8〜24)(使10:44)
 イエス キリストの十字架は3つのいけにえが表されています。
 そのことに心を開くなら、神の臨在にふれることができます。ペテロはこの3つのいけにえをふまえ、メシアなるイエス キリストの十字架のあがないを説いたので、それを聞いていたイタリア人の兵卒であったコルネリオと、その家に集まっていたすべての人々に聖霊さまが下られたのです。メッセージ中にそういった、臨在にふれたら、自分をとどめることなく聖霊様のうながしに従って、自由に異言を語ったり賛美できたらどんなにすばらしいでしょう。
 しかし、日本人はどうしても自分を押さえてしまいます。「今は説教中だから」とか、「人にじゃまになるから」と考えてしまうのです。
 ロドニー師の教会では、突然「ハレルヤ」と叫びながら走り回ったり、踊り出す人までいましたが、その様子は、聖霊さまに満たされて、すばらしいものでした。私たちは、聖霊さまが来られて、その導きによって解放されてゆくことを、もっともっと求めてゆきましょう。神の栄光が内に現れ、人生に現れることこそ、最高の出来ごとであり、聖霊に満たされる以上の喜びは他にありません。
 聖霊に満たされたいなら、必ず、イエス様の十字架のあがない、3つのいけにえに心を向け、心から感謝をささげてゆきましょう。
 神の被いの中にとどまり、神の栄光の現れるクリスチャン生活を求めてゆきましょう。


 
2003年2月16日日曜礼拝メッセージより(主任牧師 辻 秀彦師)
  神に選ばれた者


神に愛されている兄弟たち。
あなたがたが神に選ばれた者であることは私たちが知っています。
第1テサロニケ1:4


 レビ記はクリスチャン生活に大切なことを教えています。
パウロがギリシャのテサロニケの教会に対して尊敬とたくさんのほめ言葉を手紙に託しています。
テサロニケの人々の信仰生活を見てパウロは「あなたがたは神に選ばれている人々」と言えるほどに、彼らの神に対する信頼と永遠のいのちへの希望というものが、生活ににじみ出ていたのです。
選ばれて良かったと言う気持ちと同時に、神の選びの確かさをここで見ることができたのです。
神は私たちが御国を相続するために選ばれたのです。  

●17日(月)レビ記8:1〜6
 「祭司の任命のためにアロンとその子らが呼ばれる」
 新約聖書よりヨハネ1:13
 アロンの家系が祭司の役職を受け継いだ。
 私たちはキリストの家系に生まれた神に仕える祭司です。神によってキリストの家系に生まれたことの素晴らしさを考えてみましょう。
 任命=信頼をもってその人を選ぶ
神がアロンとその子らを神に仕える仕事につかせたということは、それだけ信頼を見抜いて選ばれました。アロンを選ばれたように、私たちもキリストにあって生まれた者であると言うことが(ヨハネ1:13に書かれてあります。
 「この方(ことばなる神、人を照らすまことの光イエス・キリスト)を受け入れた人たちその名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった」(ヨハネ3:12)これらの人々は神によって生まれた人々であると書いてあります。
 神は私たちをただ単に選んだのでなく、任命というかたちで選んで下さいました。それは、「あなたは出来る。神の子として立派に育つことが出来る」という信頼をもって選んで下さっているのです。神のみことばに沿ってキリストのように素晴らしい神の子となれると見抜いて、あなたは祭司として任命されたのです。神に選ばれた自分として自信をもって下さい。

●18日(火)レビ記8:7〜9
 「大祭司の衣」
 新約聖書よりコロサイ3:1
 大祭司は復活のイエス様の姿です。その衣は、大祭司の力と栄光を現しています。
キリストのからだとしてともによみがえらされた私たちの求めるものを考えてみましょう。
 イエス様は私たちの罪のために十字架で身代わりに裁きを受けて死んで葬られました。そのことによって、私たちの一生の罪は赦され、神の子として成長してゆくのです。
死という束縛の力を打ち破ってイエスはよみがえられました。死の力を打ち破ってこそ、神の子としての完全な姿となるのです。私たちの将来もキリストのような姿になるということです。
 大祭司の衣とは服(身体に付ける物)
 私たちはキリストの身体。
大祭司であるキリストの身体が教会。その教会とは大祭司の力と繁栄の象徴である衣が着せられています。すなわち教会は大祭司の持っている権威と繁栄で覆われているというこす。
 キリストの身体である教会は大祭司の力、繁栄が着せられているのです。すなわち、天で行われていることがこの地上でも行われるために権威が与えられているのです。
神の国(義と平和と聖霊による喜び)がこの地に来ますように。キリストの愛がクリスチャンを通して流れていくとき、人々はそれに渇いてやって来るのです。神はあなたを通して働かれます。あなたに大祭司の衣が与えられているのです。

●19日(水)レビ記8:10〜12
 「油注ぎの聖別」
 新約聖書よりhペテロ1:2
 御霊による聖別は、自らすすんでキリストに従うものに与えられるもの。
キリストに従うことを一番の喜びとしているでしょうか。その人は、きっと聖霊に満たされておられることでしょう。
 油とは聖霊(神による聖め)
「御霊の聖めによってイエス・キリストに従うように」と書かれています。(hペテロ1:2 )御霊の聖めはキリストに従う者に与えられるもの。自ら進んでキリストに従いたい。また神を敬い尊敬する心を持った人に聖霊様がやってくるのです。実際出来ていなくても出来た者とみなして神の霊がその人の内に宿るのです。聖めの印としてあなたは神に従う心を持っていたら、神の御霊がやって来てあなたを聖め、キリストに従うようになるのです。

●20日(木)レビ記8:13
 「祭司の衣」
 新約聖書よりガラテヤ3:27
 キリストを着るとはどういうことかを考えてみましょう。
 「 バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです。」(ガラテヤ3:27)
キリストを着るとは、私たちが服を着る時、なにかしら意識して服装を選びます。礼拝に行く時、外出する時等何処に行き何をするか、目的と考えに合わせて服装を決めて出かけます。キリストを着るとは目的があるのです。服装のスタイルによって何の仕事かがわかります。キリストを着たら、あなたはイエス・キリストのように変えられるのです。全ての祭司(クリスチャン)はキリストを着ているのです。

●21日(金)レビ記8:14〜15
 「アロンとその子らのためのいけにえ」
 新約聖書よりエペソ3:12
 心から喜びを持って神に従うものたち(祭司)の罪を贖うために犠牲となられたキリスト。
 いけにえはすでにほふられています。
 神の祭司として大胆な人生を描いてみましょう。
 「私たちはこのキリストにあり、キリストを信じる信仰によって大胆に確信をもって神に近づくことができるのです」 (エペソ3:12) 大胆に神に近づくことのできる確信は、キリストによってもたらされるものです。キリストとは(いけにえの姿で象徴されています)神に近づいて務めをする祭司たちは、いけにえを捧げなければ神に近づくことは出来ません。罪の赦しを受けて務めをしました。そのいけにえを捧げたら、確信をもって神の臨在の象徴である天幕に入ることが出来ました。
 イエス・キリストが十字架にかかって私たちの罪のために死なれたということは、神の前に堂々と(大胆に)生きることが出来るようになりました。神の前を歩む人生はイエス様の和解のいけにえ、罪のいけにえが捧げられているので、何度でもチャレンジして人生を歩むことが出来るのです。

●22日(土)レビ記8:16〜17
 「祭壇で焼くものと宿営の外で焼くもの」
 新約聖書よりローマ8:10
 祭壇で焼かれるものと、宿営の外で焼かれるものとははっきり区別しなければなりません。「からだは罪のゆえに死んでいても、霊が、義のゆえに生きている」と書いてあります。
 祭壇で焼かれるものは神に受け入れられるささげもの。
 宿営の外で焼かれるものは罪のための裁き。
 肉とともに裁かれないように。  
祭壇で捧げられるものは全て神に受け入れられるもの。
内臓=私たちの心の部分、信仰の部分
心だけは神に仕えると言う強い決心を持つことが重要です。しかし、これらの決心よりも実際は神に喜ばれないことをしてしまうことがあります。この時クリスチャンは悩みます。「神に喜ばれないこと(肉に伏してしまった)をしてしまった・・・」と。そのことは、罪が宿っているからだが裁かれる時に一緒に裁かれてしまいます。しかし「いや、自分はもう一度やり直すんだ」と心を改め、神の前に決心していくことが大切です。祭壇の上で自分の心(内臓)をささげることになるのです。 心は常に神にささげ続けることが大切です。神は私たちの心(内臓)を受け入れて下さる方なのです。
 私たちの内に住んでおられる御霊が罪の奴隷となっている身体の行いを心の気持ちと同じように神に従わせることが出来るようにしてくださるのです。(ローマ8:11)聖霊を迎え入れる時、罪に勝利する力が与えらえるのです。聖霊が死ぬべき身体を生かして下さるのです。


 
2003年2月9日日曜礼拝メッセージより(主任牧師 辻 秀彦師)
  健康的人生への変革


この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。
ローマ12:2



 健康…・あるべき姿 
     ・自分が持っている力を充分に発揮できる状態 
 人類にとっての健康的人生…神の子として歩む人生
 神は、私たちを神の子として造ってくださいました。それゆえ、神の形の私たちが、悪魔の形の人生を送っていては不健全です。どんなに金もうけをし、仕事を成功し、名声を得たとしても、闇の支配者であるサタンからくる貪欲に引きずられた人生を送っていては意味がありません。今日は、健康な人生に変えられるための6つのポイントを学びます。
(ローマ12:2)では、私たち自身が自分を変える必要があることを語っています。つまり、神様がいくら私たちを変えようとして下さっても、その御心に合わせなかったら変わることはないということです。例えばいくらサッカーの名コーチがいても、選手がその指導を受け入れず、無視するなら、その選手の力は伸びていきません。同様に神は私たちを神の子として完成させるために、成長を導いておられます。しかし私たちがその導きに従わず、拒んでゆくなら、私たちは少しも変わっていきません。「心の一新によって自分を変える」とは、神様に心を合わせなさいということです。
成長しない原因…自分の考えを頑固に守り、神の考えを受入れない
        欲望を満たしたいし、天国にも行きたいという
        わがまま→2人の主人に仕えることは不可能
 私たちは天の父なる神に従い、神の国がこの地に来ますようにと心から願っています。神の国は、自分の命を犠牲にしても相手を助けたいという深い隣人愛のあふれた国です。この神の国の実現を求めてゆきましょう。この世の生き方は、自己の欲を求めて気ままに生きることです。しかし私たちの願いは、神の国を求めて生きることです。
(1)価値観の変革(第二コリント5:17)
 これが土台であり、最も大切なものです。人は自分の価値観の上に生きているからです。神はすでに、新しい価値観を持った新しいあなたを造られました。洗礼によってそのようにされたのです。
私たちの生まれながらの価値観は罪の影響を受けてしまっています。しかし、洗礼を通して、罪に影響されない神に似た者として今は造り変えられました。ただ、その新しい価値観を押し入れに隠してしまい、今までの慣れた価値観に戻ってしまうクリスチャンもいます。それでは生活は変わりません。しっかりと、新しい価値観を用いてください。以前の価値観は、神の国にふさわしくないからです。どちらの価値観で生きるかによって、あなたの生活は全く違ってきます。
 新しい価値観で生きるために必要なことは、ただ「信じる」だけです。神の形は私たち自身では造り出せず、ただ神によってのみ造り出されるからです。
    新しい価値観→みことばに感動し、喜ぶ心  
ただ私たちの内には、葛藤する心が出てきます。それは以前の価値観です。どちらを選びますか? 又、あなたの価値判断の基準を、はっきりさせておくことも大切です。「神の愛に生きる」「神の愛にとどまる」ことが基準であれば、親切と施しに気を使っていきます。「神のきよさ」が基準であれば、きよいことに関心を持ち、罪や汚れに触れないようにします。もし「この世で成功したい」という古い価値観を大切にしていたら、それはとても困難なことで、新しい価値観「神の国にふさわしい者になる」ということと矛盾してきます。私たちはこの世でどんな仕事、立場であっても、神の国にふさわしい者になることが目的なのです。これがクリスチャンのゴールです。このゴールをしっかりともって、新しい価値観で生きるなら、どんな仕事でも、祈って神の知恵を得ることができます。神は、クリスチャンとしてふさわしい生き方ができるよう導いてくださいます。

(2)自分に対する意識の変革(第二コリント3:18)
 私たちは自分をどう見ているでしょうか(セルフイメージ)クリスチャンは悩んできた人が多いので、否定的なセルフイメージを持っている人が多いようです。このマイナスのイメージは新しい価値観に悪い影響を与えてしまいます。私たちの持つセルフイメージは、(第二コリント3:18)にあるように、「自分の品性と人格はキリストのように変えられてゆく」というものです。つまり「私はキリストのように変えられてゆく、良い者である」というセルフイメージです。無理だとか、不可能とかいう考えは捨てましょう。要は、あなたがキリストのように変えられることを願うかどうかです。キリストのように変えられるなら、どんな誘惑や問題にも勝利できるようになります。すばらしいことです。過去の自分のイメージに引っぱられることをやめ、明日の新しい自分のイメージ、変えられ続けている良いイメージを、みことばの約束によって持ち続けましょう。神が導いておられます。

(3)触れるものへの変革(第二コリント6:16〜18)
 これは、あなたを取り巻く環境のことです。価値観の違うものと触れ合うことによって、悪い影響を受けないようにしましょう。特に心に影響を与えるものは、目や耳から入ってきます。見るもの、聞くものに気を付けて下さい。特に古い価値観を引き出されるものには、触れないようにしましょう。誘惑に弱い人の原因の多くは、古い価値観が引き出されるようなものを、見たり聞いたりすることに在ります。完全に遠ざかってしまえば、いつの間にか記憶がうすれて関心がなくなってくるものです。賭けごと、マージャン等に負けてしまう人は、そういうものに目や耳を向けてしまうからです。(例:刑務所に入ればどんな人でも、タバコも酒もきっぱりとやめられ、願望もうすれてしまいます。)

(4)交流関係の変革(第一コリント15:33)
 特に、心を開いた時点での交わりを交流といいます。相手を尊敬したり、好意を持つと、心を開くものです。そういう時に私たちは、相手の言葉や考え方の影響を受けてしまいます。それゆえ交流する相手の価値観をしっかりと見抜かないといけません。(ただ会社で一緒に働いているとか近所の人だからといって影響を受けるわけではありません。)安易に心を開いてしまったために、イエス様への純真な愛がゆがめられてしまうことがあります。神の子としてもっと成長したいなら、成熟を目指して前向きに歩んでいるクリスチャン達と交わって良い影響を受けることが大切です。

(5)告白の変革(エペソ4:29)
 何を私たちは口にしているでしょうか。告白の基準は「人の徳を養うのに役立つ」言葉です。神の子として、あらゆる困難や苦しみに打ち勝つために、励みとなるような言葉を、相手に語っていきましょう。感情的なものをぶつけるだけの言葉は極力ひかえましょう。相手の心の弱さを認めてあげることも大切ですが、その人が立ち直り、試みに打ち勝っていけるような、みことばをベースとした励ましのことばをかけられるようになりましょう。そうしていくとき、聖霊様がどのように語ったらよいか、時に応じて助けて下さいます。

(6)行動の変革(第一ペテロ2:16)
 神の奴隷としてです。その意味は、旧約のモーセの書から理解できます。旧約の奴隷は全て、7年目に必ず解放されました。そして、解放されて出て行くか、主人の元にとどまるかを奴隷自身が自由に決めることができました。神の奴隷とは、神の愛の内に、ずっと
 とどまりたいと、心から願って自発的にとどまる人々のことです。強制ではありません。自由人とは、自発的に物事を行なう人です。私たちの行動は、全て自発から出ています。献金も、奉仕もすべて、自分がしたいからしているというのが自由人の特徴です。しかし、この自由人の心が生まれてこなかったら、どんなことも「〜しなければならない」という律法に縛られたきゅうくつなものになってしまいます。行動の変革とは、自分の神への行動はすべて自発であり、したいからするという心から出ていることを、しっかりと認めることです。ただし罪に対しては、自由という訳ではありません。なぜなら、私たちは神の秩序に生きているのですから、罪の秩序に対して自由という訳ではないのです。もしそうするなら、それはただの放縦になってしまいます。
 今週、6つのポイントから、しっかりと自分自身を吟味して、すばらしい健康的なクリスチャンライフを味わっていきましょう。



 
2003年2月2日日曜礼拝メッセージより(主任牧師 辻 秀彦師)
  イエスから目を離さない


信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。
ヘブル12:2



 イエス様は私たちの先頭をいかれる導き手であって、私たちが目指している神の御国に向かって歩んでゆくためには、この道先案内人というべきイエス様の跡に従っていくことが大切と教えられています。
 方向はしっかりとイエス様を見て、ついていくにあたって、周りの人々と協力していくと考えたらいいと思います。そして導き手は指導者ではなくイエス様です。私たちは共に仲間であり、指導者は良きお手本です。しっかりイエス様を見上げてついていきましょうというのが今週のテーマです。

●3日(月)レビ7:17〜18
 「いけにえの肉は3日以上残してはならない」
 新約聖書ローマ8:23〜24
 和解のいけにえの3つの意味(1)感謝(2)誓願(3)自発
 先週は感謝のいけにえを学びました。(その日の感謝はその日の内にささげましょう)今日は誓願、自発のいけにえは3日以上残してはいけませんと書いてあります。「3」というのは聖書では大切な数字。特に3日間というのはイエス様が十字架で死なれ、そして墓に葬られて3日間墓にとどまり、3日目が過ぎた後によみがえられたと示されています。この3日間はイエス様の復活と関係があるととらえます。
 ローマ8:23〜24は私たちの救いの完成について書かれてあります。イエス様を信じた時に私たちの魂と霊は信仰によって救われます。神様の前に罪なきものとして受け入れられ霊は聖められました。次に心の部分は毎日の信仰生活の中で、色々な苦しみや体験を通して神様に従っていくようにと聖められていくわけです。そして最後にイエス様が再臨される時にはこの肉体がイエス・キリストの復活のからだと同じ姿に変えられるということが約束されています。霊と心と体が完全にあがなわれて救いの完成です。魂の聖めの中にあって、肉体からもたらされるあらゆる悩みうめきを全部取り去られる時がやってきます。肉体からの解放の望みをもってよみがえられたイエス様から目を離さないようにしましょう。

●4日(火)レビ7:19〜21
 「汚れた身で和解のいけにえの肉を食べてはならない」
 新約聖書第1テサロニケ4:7
 神が私たちを召されたのは汚れを行わせるためではなく、聖潔を行うためである。
 私たちと神様との罪のへだてが取り除かれて和解が成立して関係が正しくつながれたということです。
 神はあなたをきよい聖潔な者としたいために、イエス様の十字架を与えてくださいました。聖くなるとは、神様に属する者になるということです。私たちは罪を犯しますが、聖いのです。なぜならイエス様を信じて神に属する者となったからです。「だから、何をしてもいい」と考える人が問題です。神様に属し、聖さの中にとどまると必然的に罪を犯さなくなっていきます。逆に、罪を犯したい人は自然と神様から離れていきます。しかし、私たちはとどまり続ける者なので悩みます。それでもっと完全な聖さに到達したいという願いをもって、悔い改めて神様に属し続けるよう努めるわけです。聖められることをあきらめてはいけません。悔い改め続けることが神様につながるということを悟ることです。
 また、神様が不完全な者を完全な聖さをもった者と同じように認めてくださるのは、イエス様の十字架の身代わりの罪のゆるしの犠牲があるからです。私たちがこの体に宿っている罪の中に立ち向かう姿勢を失わない限り、神様に属する聖い者として受け入れられるわけです。
 神に属する者であり続けるためにイエス様から目を離さないようにしましょう。

●5日(水)レビ7:22〜25
 「動物の脂肪を食べてはならない」
 新約聖書ユダ25
 脂肪ー最良のもの、繁栄、栄誉、栄光、名声
 私たちが霊的に最も良いものとは、その魂に栄誉が与えられることです。
 あなたの素晴らしさが、そこに栄誉という形で称賛される、それはあなたの力の結果につながるわけです。ユダ書にはこれはすべて神様のものと表されています。
 サッカー選手のビスマルクはシュートしてゴールした時、必ずひざまずいて神様に祈りました。それは、人々が称賛している中で、彼は神に感謝し、その栄光を神にお返ししたわけです。その意思表示。これは動物の脂肪をすべて神様にささげているということです。
 私たちは神様がお造りになったものを使ってしか何もできません。どんなに科学や医学が進歩しても、バイオテクノロジーが発達したからといって人の細胞を造られたのは神様です。その細胞に工夫することを通して色々なものをつくり出すことも素晴らしい科学ですが、すべて神様のいのちの法則に従って細工をしなければ、それは何の良い結果もでないわけです。
 神様の造られたものを利用して、文化、文明の発達が成し遂げられたわけです。ですから、神様に栄光をお返しすることを忘れてはいけません。
 あなたの才能を引き出すためにも、イエス様は十字架による和解のいけにえをささげてくださいました。自分を誇らず、イエス様の敬虔な態度から目を離さないでまいりましょう。

●6日(木)レビ7:26〜27
 「血を一切食べてはならない」
 新約聖書第一テサロニケ4:3〜6
 旧約聖書の律法において、神様は衛生上の問題から私たちの自然的健康を守るためにも教えておられます。神様は、ただ単に、必然的なことだけを教えておられるのではありません。
 血→いのち→その人を生かす
 私たちの魂に関して考えると、「誠実な心」(生きている心、いのちある心)こそ、神様が喜ばれるものであり、神様が生かしてくださる心、神様への純真な心といえます。そして、それがいのちであるということです。この心を食い物にして自分の利得のために利用して貪欲なものにならないようにしましょう。
 私たちはこのような貪欲の渦巻く世の中にあって、存在を傷つけられてきました。人間無意識の内に、自分が用いられることに対して願望が強くなってしまいます。それで用いられないと腹を立てたり、批判的になったり、不信仰になるわけです。教会に来る目的を間違ってしまうことになります。私たちは互いに聖められるために教会に来ています。この意識を忘れないようにすることが血を食べてはならないということの意味です。それぞれのいのちを大切にしましょう。

●7日(金)レビ7:28〜30
 「奉献物の胸を主の前で揺り動かす」
 新約聖書ヨハネ13:34〜35
 「胸を揺り動かす」なんらかの霊的な神様に対する信仰の意味がそこに表されています。
 ヨハネ13:34〜35で「ひとつの新しい戒めを与える」とイエス様はいわれました。この「互いに愛し合いなさい」という戒めが一番大切であるとイエス様は強調しておられます。これはイエス様の胸の内に溢れている私たちへの気持ちであるということです。神様の御心もこれと同じです。
 神様の前に胸を揺り動かすとは、神様の御心に対して、祭司である私たちが同意し、感動し、それを受け取り、自分のものとしますという意思表示であります。この胸は祭壇では焼きません。神様の御心は祭司である私たちのものとするべきだということです。
 「互いに愛し合う」ということこそ、神様が一番願っておられる御心です。それは自分の利得のためにではなく、お互いの利益のために助け合うことです。それも自分のいのちを犠牲にしてでもその人が救われて欲しいという気持ちで助けてあげなさいというものです。イエス様は天からながめているのではなく、地に下って来られました。ご自身は絶対に罪を犯さず、汚れるR> ヨハネ4:25


 上記の言葉は数回の離婚を繰り返した挙げ句、ッ8FQQPuフンサ汢ムuwtsmahrrz椶 +AHMLbゼブラ、汲{{ч痩wszxy鴇K 4AJMMヲ趁ソモ殕\cv込。志ckhv減&6Gぽ蘯旌・M9=SoztoUJFNgΦ「 sフ狆ヶセ胝フhR`ウ地VFJB@[「ツ#8スレヌ+肌エヌヒセコヒミtZKIH]槁6蝦ユ撹ь惡ッサニハ磬ヲm^EIs┬ヨGHツヨ)3Z離ィクスニ゚ツsYQZu幹レM&慱ア7P頗ィョシチムクbVRXav~WsハヒjF圏「ェキケヌロェZURR\fRォヒゥ$2q徐」ョオケチマヤメ揺mTSl、Wスソj(l{椙」ォョケシスキеiSSz憚 徳ゥ.*_nzь圜ャォーャ}hfSUー9)ゥカ EU^grxы国瞬gRZyュヲrャ0 %2CIX\hnsuzws_OSi造*~ャ$,?DNRY]bbbaWQYz=ぃ  *6>CGGOKJEGcf,y寐# #'+211-3@3a嵐C1> *図E!!.Uqi5  8u~yrY. 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