2002年1月27日 日曜礼拝メッセージより (辻 秀彦 主任牧師)
● 永遠に備えての良い基礎づくり
  基礎づくりの3つのポイント
  (3)神の愛の中にとどまる
父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。         
ヨハネ15:9


<賜物として聖霊をうける>
 今年の始めから(第一テモテ6:19) をテーマに、永遠に備えての良い基礎作りについて、話しを進めています。基礎を作るための3つのポイントとして、(使徒2:38)から(1) 忠告を軽んじない、(2) 神との信頼関係を保ち続けるということを学びました。今回は3つ目のポイント「神の愛の中にとどまる」ことについてです。
 (使徒2:38)に『賜物として聖霊を受けるでしょう』とあります。聖霊とは神の霊で、神様のみこころ、そのものです。では神様のみこころとは何でしょう。
 神様のみこころは、私たちを愛するという気持ちで満ちています。それは創世記1章を見ればわかります。すべての被造物の最後に造られたのが人間であり、私たちは神のかたちに創造されたと書かれています。そして創造物のすべてを『あなたに与えた』と神に言っていただけるほど、人間は神様にとって重要な位置を占めるものなのです。
 ですから失敗を犯した人間を滅ぼし、作り直すこともできたのにもかかわらず、神はその御手で皮の衣を作り、アダムとエバに着せ、生かしてくださいました。(創世記3:21) それは、丹精込めて作った人間を失敗で終わらせたくないという神様の愛の現れです。
 『賜物として聖霊を受ける』ことに話しを戻します。聖霊が私たちに注がれるとは、私たちを愛する気持ちで満ち満ちている神のみこころが、そのまま私たちの内に注がれ住まわれるということを意味します。賜物としてとありますから、神の愛のプレゼントです。 愛情というものは愛する相手に伝えたくなるものです。もうすぐバレンタインデーですが、ある人は高価な物の価値で愛の大きさを伝えようとし、ある人は手作りという犠牲を通して愛の深さを表現し、自分の愛を受け止めてほしいと願います。その愛を信じ受けとめたなら、お互いの間に信頼関係が生まれるのです。それは友情、親子関係すべてにおいても言える事でしょう。
 神様の愛を受け止めるためには、私たちの罪が赦されなければなりません。そのためにイエスさまが十字架のみわざをもって、私たちの罪の代価を支払い、神との隔たりを取り除いて下さいました。もう一つ条件があります。それは私たちの心が神に向かって開かれていることです。心を閉ざしたままでは神の愛を受けとることはできません。
 心を神に向かって開いているという表明が、水のバプテスマです。イエス様を信じ、神様との関係をつなぎますという意思の現れが洗礼であり、そのことを通して聖霊が賜物として注がれます。
 さて、聖霊が注がれても、都合が悪くなると神様に背を向け、都合のいい時にだけ神様の愛にすがる人がいます。それは、神の愛から出入りしている状態で、未来への良い基礎作りをできる状態ではありません。ですから、しっかりとした良い基礎を作るために『愛の中にとどまりなさい』と言われるのです。

<神の愛にとどまるための戒め>
 (ヨハネ15:10)に、戒めを守ることが、神の愛の内にとどまることだとあります。戒めとは、愛という信頼関係をいつまでも保ち続け、愛を育んでいくためのルールであり、(ヨハネ15:12)にある通り、互いに愛し合うことです。あの人は嫌いだけど、神様は愛していますという方がいます。けれどもイエス様は『神を愛する』ことを戒めとはされませんでした。(ヨハネ13:34参照)見える相手を愛せない人に、見えない神を愛することはできません。神は全世界の全人類を愛しておられます。神の愛するものを愛することが、神を愛することなのです。それは、愛する相手の趣味に自分を合わせていくことで、一体感を感じるのに似ています。
 自分は感情では好きになれなくても、この人を神は愛しておられる。では神が、この人のどこを愛しておられるのかを知るために私も愛していく努力をしてみよう。そういう態度を取っているうち相手に意外な魅力をみつけたとします。その時、あなたは神がいかに私たちを愛して下さっているのかを実感することができるのです。
<愛の奇跡>
 1923年(大正12)9月、関東大震災がありました。この時の東京拘置所の所長は、有馬さんというクリスチャンです。(東京の前は網走刑務所所長で、有能さを認められた人だった) 関東大震災は東京をことごとく破壊しました。拘置所も例外ではありません。拘置所に拘留されている人にとっては逃走のチャンスでしたが、この時に逃走した人は一人もいませんでした。受刑者同士が互いに励まし合い、一群となって拘置所に帰ってくるという奇跡的な出来事が起こったのです。これは世界的なニュースとなり、(聖書にも似たような出来事が記載されています。 「使徒16:25〜34」参照) 社会学のギラン博士が、有馬さんに拘置所の運営方針を質問しました。有馬さんの回答はこうです。「あなたは、私がクリスチャンであることをご存じでしょう。私は(受刑者)各人の善に対する可能性を信じ、彼らを囚人としてではなく、人間として取り扱います。彼らが不平を持てば、よく聞きただしてやります。私は彼らと友達になろうと努力します。私はキリスト教について説教はしません。ただ、その教えが生きるように試みます(チャレンジします)。」
 有馬さんは受刑者を友達として扱いました。今は定着している拘留中の職業訓練も、提案者は彼です。更生するために必要なことを愛をもって一人一人の受刑者にしていきながら、所長として彼は勤めていました。ですから所長との厚い友愛があればこその奇跡だったのです。有馬さんは聖書を通して、自分こそ罪人のかしらだと砕かれクリスチャンになった人です。神の前では自分も受刑者も同じ罪人であるというのが彼の基本的な姿勢でした。彼の運営方針はアメリカの刑務所にも影響を与えました。

<神の愛にとどまる>
 他にも、多くの人に影響を与えたクリスチャンがいます。小説「塩狩峠」のモデルとなった長野政雄さん。宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」のモデルとなった齊藤宗次郎さんなどおられますが、彼らは、そういう生き方をしようと思ったわけではありません。ただ、神の愛の中にとどまりつづけることを願った結果としての生き方なのです。神の愛にとどまるとき、そこ知れぬ神のいのちの輝きを引き出すこととなるのだということでしょう。
 神の愛にとどまろうとするとき、様々な苦しみ、困難が起こってくるかもしれません。けれども、それが永遠への基礎作りになっていると思えば耐えられるのではないでしょうか。永遠の平安を見据えて、生きていきたいものです。
 すばらしい先人には共通点があります。
(1) 神に愛されたように愛する 
(2) 与える愛に生きる(愛を得ようとしなかった) 
(3) 人を信じた
(4) すべてを神にゆだね、自分の事を心配しない。ということです。
 けれども、私たちは、彼らの真似をして生きるのではありません。大切なのは神の愛にとどまりつづけたいという意識であり、それこそが、神の愛に生きる勇気と力を起こさせるのです。それぞれの立場で、様々な人との出会いを通して、神の愛に満たされ、学んでいこうではありませんか。



 

2002年1月20日 日曜礼拝メッセージより (辻 秀彦 主任牧師)
● 永遠に備えての良い基礎づくり
  基礎づくりの3つのポイント
  (2)神との信頼関係を保ち続ける
   (御名によって洗礼を受けなさい)
また、まことのいのちを得るために、未来に備えて良い基礎を自分自身の為に築きあげるように
第一テモテ6:19

  


神さまは、私たちが良い基礎作りをする為に、神様との間に信頼関係を保ち続けなさい、と語られています。では、神さまは私たちをどのように見ておられるのでしょうか。神さまは、私達がどのように悪い状態になろうとも、決して見捨てられません。このことを<創3:4〜5>から見てまいりましょう。神さまは、アダムとエバを良いものとして造られましたから、もともと神さまと、アダム・エバは良い親子関係を築いていました。しかし、蛇がエバを誘惑した時、<創3:4>で「あなたは決して死にません」と、まず神の言葉を否定する言葉をもってエバの心に不信を植えつけ、さらに<創3:5>で神に対する信頼を断ち切ることに成功しました。
アダムとエバは「戒めを守らない」という悪を行なってしまい、良いものしか知らなかった二人の目が開かれ、善と悪を知る者となりました。神を疑い、互いの信頼関係を崩せば、人類は滅びるということを蛇は知っていて、巧みな働きかけによってその弱点を引き出すことに成功したのです。そして自ら犯した罪によって、アダムとエバはエデンの園から追放されることになるのですが、追放されてもなお、生きのびて欲しいという神さまの心から、皮の衣を作って着せて下さいました。それは、すでにこの時神さまの中に、罪人である人類を救うという壮大な計画が描かれていたからです。皮の衣とは、生きた動物を殺し、その血を流した犠牲の上に作られるものですが、それは私たち罪人の罪を赦すために流して下さった、十字架上のイエス・キリストを象徴しているものです。
<第一ヨハネ5:6〜10>において、「神さまは私たちを見捨てておられない」という福音を、さらに具体的に学ぶことができます。アダムには皮の衣をもって、神さまが決して見捨てられないという事の証拠とされましたが、私たちには次の三つの事柄において永遠に変わらない証しとされました。

1.御霊によって
御霊が私たちの内に住まわれることによって、直接的に三位一体の神を啓示し、信じることができるようにしてくださいました。
2.水によって
イエス様はヨハネから水のバプテスマを受けられましたが、それは、神の子イエスが人として地上で肉体を持った状態(神の能力と力を使わない)で神さまにのみ従うという表明をされる為だったのです。
3.血によって
罪を赦す為、いけにえとしてご自分の血を流してくださいました。
 BC360年頃のギリシャを舞台にした物語「走れメロス」をご存知だと思います。セリネ・チュースという王様おかかえの有名な彫刻家と田舎者の青年との間に築かれた、“信頼”をテーマとした物語です。
 青年は、妹の結婚式に使う、「儀式用の刀」を買うために町に出てきたのですが、鍛冶屋にだまされて、本物の刀を買ってしまいました。その荷物を子供に奪われ、追いかけていた時、それを見つけ奪い返してくれたセリネ・チュ−スと友達になりました。この頃のセリネは心が傷つき、酒におぼれ、以前のように彫刻を彫る事ができていませんでしたが、純粋な心の青年との出会いによって、心が和んでいきました。青年は田舎に帰る前に、彼の彫った彫刻を一目見ようとお城に足を運びましたが、だまされて本物の刀を持っていたために、つかまえられ、処刑される事になりました。このとき、青年は、妹の結婚式に出るために、三日間だけ時間をくださいと願いましたが、疑い深い王様が聞き入れるはずがありません。この時、セリネが青年のかわりに、彼が帰ってくるまでの間、牢屋に入ることを申し出ました。妹思いの青年の優しい心を信じたのです。そのおかげで青年は、妹の結婚式に出席することができたので、自分を信じ命をかけ身代わりとなってくれた友のために、必死で走り続け、帰って来ることができました。セリネもまた、三日間牢屋に入れられていた間に、この青年を信じ続け、“信頼”というテーマの彫刻を彫りあげることができました。
 私たちがイエス・キリストを信頼し続けて得られるものとはなんでしょうか。<エレミヤ29:11>で、イスラエルの罪により、バビロンで捕囚となった人々のためにも、神さまはそのことをも益となるように考えて、わざわいではなく、平和を得るための計画をもたれました。ご自分に対し罪を犯した民に対して、尚あきらめる事なく、将来と希望を持っているという預言の言葉を告げられたのです。これは、私たちにも同じように語りかけられている言葉です。
私たちの内に、どんな疑いの気持ちが起こったとしても、十字架という神の私たちに対する信頼の印を通して、信じ続けることができます。エバのように疑いによって、神との信頼関係を断ち切ることがないように、未来において、神が用意しておられる幸いの計画を手にしていただきたいと思います。信頼を持ち続けるようにようにすることによって、心に葛藤が起こります。その葛藤が、未来のために備えた良い基礎作りになることを覚えて、与えられた人生を、御国の相続者としてしっかり歩んでまいりましょう。




 

2002年1月13日 日曜礼拝メッセージより (辻 秀彦 主任牧師)
● 永遠に備えての良い基礎づくり
  基礎づくりの3つのポイント
  (1)忠告を軽んじない
また、まことのいのちを得るために、未来に備えて良い基礎を自分自身のために築き上げるように。 
第一テモテ6:19


<私たちの未来>
 未来に備えて良い基礎を築き上げることを今年、教会内共通の目標としています。私たちの備えるべき未来は、この世だけのものではなく、永遠を見据えた未来です。ですから、この世の人生は、未来に備えた基礎造りの期間であるといえます。
 建築物は、上に建てるものによって、基礎の造り方が違います。私たちも未来に、どの様なものを建てあげたいかによって、どの様な基礎を築くべきかが決まってきます。そこで先週、神のご計画としての私たちの未来はどのような建物になるのかを4つのポイントをあげてお話ししました。

(1) 神の国の相続者となる(ヤコブ2:5 )
 神の財産だけでなく、神の国を治めるという意味も含んだ相続で すから、当然、相応しくなる べく、訓練されることを知っておかなくてはなりません。
(2) キリストの妻(良き助け手)となる(エペソ5:25〜27)
 夫の持つ能力や力を何倍にも引き出す存在が妻です。私たちは、その様な存在であると神はお考 えです。 
(3) 神と共に住む神の民(理想社会の一員)となる(黙21:1〜4 )
 神が治められる完璧な理想的社会の一員となれるのです。
(4) 主と同じ姿に変えられる(第二コリント3:18)
 見えない神が見えるかたちで現れた被造物として最高で完璧な姿がイエス・キリストです。その 姿に私たちも変えられるのです。

 このように最高水準の建物を未来に建てようとするならば、相応しい、最高水準の土台が必要です。国籍、生活環境、能力等は問題にはなりません。
 大切なのは、これからどの様な目標に向かって、どの様に生きていくかということです。
 ですから神が、どの様なご計画で私たちの未来を考えておられるかを見据えて、いかなる決断のとき(仕事、結婚など人生の全般において)もこの4項目を基準に、照らし合わせて見ると迷いがなくなります。造られた目的に沿って生きることが、私たちの魂を最も満足させ、喜び、平安、希望を得ることができるのです。

<目的に従った人生をどのように築き上げていくか>
 (第一コリント3:10〜11) を見ましょう。この箇所も(第一テモテ6:19) もパウロが書いたものです。第一テモテ は人生は良い基礎造りのときだと言い、第一コリントでは人生は建物を建て完成させることだと、とらえています。
 この2つを考えあわせると、この人生で、築いた土台と建て上げた建物が、永遠に続く未来への土台となるということでしょう。
 続いて(第一コリント3:12〜13) を見ましょう。もともとの土台はイエス・キリストです。
 この土台の上に私たちの人生は積み重ねられていきます。ゆるぎない土台であるイエス・キリストを信じたのに、罪と妥協した人生を歩み続けるなら、土台を据えた意味がありません。
 建物の特性を最大限に生かすには、土台と建物が完全に一致していることが必要です。
 そのような建物を建て上げるためには、イエス・キリストとの個人的な良い人格的関係を保つことが不可欠です。
 私がまだ表具職人をしていた頃、驚いたことがあります。当時の大工さんは、建築を依頼した人の希望から、家の平面図を引き、計り竿一本で柱の間隔を決めて建て始めます。設計図がなくても、平面図だけで、屋根の棟の組み合わせまでも、瞬時に分かるのだそうです。平面図とは基礎の配置図ですから、配置がわかれば、だいたいの家の形が見えてきます。
 私たちがキリストと、どの様な関係を保っていくかで基礎の配置は決まり、未来が見えてきます。永遠の家を建てるチャンスは一度しかありません。建てるなら完璧をめざそうではありませんか。

<基礎造りの3つのポイント>
 (使徒2:38)から基礎造りの3つのポイントを見てみましょう。
  (1) 『悔い改めなさい』・・・・忠告を軽んじない
  (2) 『キリストの名によってバプテスマを受ける』
        ・・・・イエス・キリストとの信頼を保ち続ける
     バプテスマとはイエス・キリストとの関係をこれから密接に保ってくという表明
    a.水のバプテスマ−新しく生まれ変わる手続き
    b.聖霊のバプテスマ−神の愛。神の霊に満たされる経験
  (3) 『賜物としての聖霊を受ける』・・・愛の中にとどまる
 神の霊があなたの内に住み、あなたを宮としてくださり、神の心が、あなたの心に賜物としてやってくるという意味です。神様の心とは、あなたを愛する心で、罪人を救いに導きたいという、永遠の愛です。

 この3つのポイントはクリスチャン生活の始まりであり、ゴールにたどりつくまで大切に守るべき事柄です。この3つをチェックポイントとして常に自分を吟味し、クリスチャンとしての歩みを正していただきたいと思います。

<(1) 忠告を軽んじない>
 悔い改めるとは、方向転換という基本的な意味があります。悪いことをやめ、良いことをするというイメージが一般的でが、本来は考え方、姿勢の方向を変えることです。この悔い改めには2つの種類があります。

a.永遠を決める方向転換(ルカ3:15〜18)
 イエス様が救い主としての働きを始められる前に、バプテスマのヨハネが悔い改めのバプテスマを授けていました。ヨハネは人生の方向転換をして救い主が来られる準備をするよう忠告を与えていました。忠告を無視すれば(17節) のような状態になると説いたのです。
 昔は、脱穀するのに穂を打って藁と分け、取れた穂先を箕に乗せ風を通して実と殻とを分ける作業をしていました。殻に実の入った麦は箕の中に残り、殻だけのものは、風に飛ばされていきます。飛ばされた殻は集められ火で焼かれるのです。
 救い主が来られるとき、私たちも、そうされるから、実の入った者になるよう人生の方向転換をせよとヨハネは言いました。つまり、神の設計図通りに生きることができないと(未来の4つの姿)、実の入った人生を送ることができないために、消えない火で焼かれることになるというのです。聞き入れた人はバプテスマを受け、悔い改め、救い主を待ち望み、忠告を軽んじた人は救われませんでした。
 永遠を見据えた忠告である福音を受け入れるか否かで、私たちの未来は大きく違ってくるのです。

b.軌道修正をする(第二テモテ2:25)
 これはクリスチャンに対して語られた言葉です。永遠を見据えて同じ方向を歩んでいる人々の間で、意見の合わない人達が出てくることがあります。そうした場合、柔和な心で訓戒すべきだというのです。同じ方向に向かっているはずなのに段々と方向がずれていくということは、ありえることです。そんな場合は、軌道を修正する必要があります。
 北半球から南半球へ南下するのは、地球の自転の関係から、とても難しいことだといいます。真っ直ぐ南下しているつもりでも、空気や波の流れによって方向がずれるのです。
 ですから、目的地に到着するために、常に軌道修正する必要があります。飛行機も自動操縦だといいますが、操縦席にはサンルーフがついています。自分の位置が分からなくなったとき、星から自分の位置を確認できるようにという配慮です。
 この世には人を神から遠ざけようとする大きな流れがあります。そんな中で私たちは方向を変え、神に近づく方を選びました。逆行する流れの影響を受けながら生きている以上、常に軌道修正する必要があるのです。最初は少しのズレかもしれませんが、ゴールに至る時には、全く違う方向に向かってしまうことになります。
 集会や、みことば、祈りの中で、私たちは常に軌道修正し、痛みを覚える忠告から目を逸らさず、素直に受け入れることを 大切にしていきましょう。



 

2002年1月6日 日曜礼拝メッセージより (辻 秀彦 主任牧師)
● 永遠に備えての良い基礎づくり
  〜4つの未来の姿〜
  (3)神の愛の中にとどまる
また、まことのいのちを得るために、未来に備えて良い基礎を自分自身のために築き上げるように。
第1テモテ6:19


 このみことばは、この世で富んでいる人々に対し語られました。
日本は不況とは言え、まだまだ豊かな国です。豊かさの中で暮らしていると、自分の人生の幸、不幸まで物質的豊かさに頼って考えてしまうようになります。
しかし、大切なのは「まことのいのちを得ること」です。そして、この「まことのいのち」は未来において、ゴールインしてから手に入れることのできるものです。私たちはこのまことのいのちに備えて良い基礎作りをするように語られていますが、それはこの世の人生が永遠の人生を確定する基礎作りであるということを言っているのです。今日はこの基礎の大切さ、つまり、私たちの人生の生き方がいかに大切かについて語ります。

<例:高層ビルの基礎作り>
 もし、世界最高の高層ビルを建てたいと願うなら、それに見合った基礎、土台を作らないといけません。
20階用の基礎つくりをしていたら、20階までは大丈夫ですが、それ以上の階を建てると、何年か後に傾いてきたりあるいは小さな地震でも傾いたりというように問題が出てきます。問題が出てくるのは完成してしばらくしてからです。すぐには出ません。
 あなたが今日怠けても何の影響もないでしょう。しかし、未来において今日怠けた分の大きな影響が出てくるのです。完成してすぐには何ら影響がでなくても、後になって大きな影響を与える程に基礎作りは大切なものです。

<例:スポーツ>
2年前にシドニーオリンピックで銀メダルをとった日本の女子ソフトボールチームは、世界の強剛を次々と破り、世界中を湧かせました。そこまで強くなった秘訣は、その練習方法にありました。
チームのデギュラーメンバーは、毎日千本ノックと300回の腕立てと腹筋、10Hのランニングを各自やり続けたのです。それによって外国のチームの人々の体格に劣らない体力をつけることができたの
でした。一見試合の内容とは関係なく思えるような練習を繰り返しやり続けることによって一回の試合でその基礎作りの成果が完全に表れたのです。私たちには500回と千回のノックがどれ程違うのかよくわかりません。しかし、優勝をめざす人々にははっきりとその違いがでてきます。
こういう基礎作りはすべての栄光の支えとなっています。その場では効果がわからなくても、本番になったらその効果が表れてきます。
勉強ができない人の原因は基礎が身についていないからです。数学のできない人は、その基本である方程式がよくわかっていません。普段しゃべっている日本語でも国語をよく勉強していないと、かんじんな時に間違ってしまって奇妙な丁寧語をしゃべってしまうことになります。基礎をしっかり身につけていないと、いざという時にいいものを出すことができなくなります。
あなたの本番は永遠の世界です。後の世の人生のために、この世でいい基礎を築いてゆきましょう。次にどのような未来のために今の基礎作りをしたらよいのでしょうか。4つほど皆さんに語りたいと思います。

<未来はどのようなものか>
(1)(ヤコブ2:5)神の国の相続者となる
私たちは神の子として、御国を相続するようになります。
  神は、あなたをそのような者として造られたのです。
(2)(エペソ5:25〜27)キリストの妻となる
  神は人と御自身の関係が私たちによくわかるように夫婦という関係を造られました。花嫁と呼  ばれるのは結婚式の時だけですが、妻は永遠です。妻は夫の良き助け手でなります。同様に私  たちは永遠に神の良き助け手となるのです。これはすばらしい事です。神は「愛される」立   場、妻を必要とされます。神は私たちを愛し守られます。そして私たちは神を心から敬い従う  のです。
   しかし、この地上で苦労を避けてばかりいたら、傷やしみが残ったままにな るかもしれま  せん。苦労は私たちを清くする炎のようなものです。苦しみを通して私たちは練られ不純なも  のが出てゆき純真な花嫁としてキリストの御前に立てるようになるのです。

(3)(黙21:1〜4)神と共に住む神の    
  民となる
  これはユートピア、理想郷です。
  この民となるために、今の私たちの人生があります。理想の社会は、すばらしい指導者がいる  からです。もちろんこの国の指導者で王である方は神ご自身です。
(4)(第2コリント3:18)主と同じ姿に変えられる
  これは(1)〜(3)の集大成です。

 この地上はゴールではなく永遠の世界にゴールがあると考える時に、私たちがどんな家庭に生まれ、どのように育ち、どのような問題があるか又、どんな才能があるかなどは全く関係なくなります。大切なことはゴールに到達することです。
 例えひどい両親に育てられたとしても、それでもう自分の人生はどうにもならないと考えたら良い基礎作りはしてゆけませんん。
 例え良い両親に育てられても、わがままに好き勝手にふるまっていたら少しも良い基礎作りはできません。あなたの未来はどういうものであるかをしっかりと見据えて今日を生きる方があなたにとっては重要なことです。

 私たちはこの4つの未来のゆえに存在しています。それゆえ自分の生い立ちや今の状況に目を留めて、不満を言い続けてはなりません。この未来をしっかりと理解するならば、あらゆる問題、逆境、苦しみがむしろ自分をみがいてくれるものとして楽しくなり、人生に対して意欲が湧いてくるはずです。
 この未来を与えるためにイエス ・キリストは地上に来られ、救いを与えて下さいました。この救いを私たちは得たのですから、その栄光あるゴールにいたるための基礎づくりを今の人生で行ってゆきましょう。来週から、その基礎づくり(3つ)について具体的に学んでゆきます。